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中国の外匯(ワイフィ)

中国の兌換券わいふぃ
 アロハ。Makani-KANEです。
 ご心配をおかけしております。
また、お見舞いをいただきありがとうございます。

 さて、すこし前に部屋の整理をしていたら、中国の外匯ワイフィ)が200元出てきました。日本円で6000円くらいか(当時)。
 94年まで中国人民の使う人民幣レンミンピー)とは別に、外国人用通貨(外貨に交換できる兌換券)として発行された紙幣です。 今は廃止されて、使用もできなければ交換もしてもらえません。
 人民幣では日本円に再両替してもらえないからと外匯で残しておいたのに、本に挟み込んだまま両替どころか中国国内での貨幣としての価値すらなくなってしまいました。

 当時は、外匯ワイフィ・ワイホイ)をさらに人民幣レンミンピー)にヤミ両替すれば(よくすれば)2倍近くになったので、(当時なら)ホテル代(ドミトリー)含めて1ヶ月暮らせるくらいのお金が紙くずになってしまったわけです。
 私は、国内線航空機以外は、ほとんど人民幣ですませたのでほんとに1ヶ月くらいは旅行できたんですよ。
 インチキ中国語で人民になりすまして。 鉄道などは外国人だと分かると外匯を要求されたのです(料金も外国人料金で2倍近くになる。つまり3~4倍の出費になってしまうのです。)。
 その代わり鉄道切符は人民とともに3時間くらい並んで1週間後のものしか手に入りませんでした。 ドミトリーも人民幣でOKのところを探し回って、内緒で人民用ホテルにも泊まりました(すごいトイレでした)。 航空機だけは人民幣では無理でしたね。
  (今、考えれば、そんな努力もせいぜい数万円の節約でしたけど時間だけはあったので。 それなのに200元が紙くずに・・・)

 外匯ワイフィ)は、人民幣の使えない友誼商店(外貨商店)で外国製品が買えたので中国人民にも需要があり、道端に個人の(公認を受けていない)両替商がいたのです。
 昆明だったか、町の食堂に「ネッスルのインスタントコーヒー」(たぶん湿気てる)というメニューがあり、うす~いの1杯と青島ビール3本が同じくらいの値段だったのではなかったかな。 それくらい外国製品が貴重だったわけです(北京にケンタッキー中国1号店ができた頃です)。

 ヤミ両替商は主にウィグル人で、「ウィグルマジック」というインチキと戦いながら両替したものです(目の前で数えてくれるのですが、そのまま信用して受け取ると90%しかないのです)。
 向こうは「ボーっとしてる旅行者をウィグルマジックでごまかしてやれ」と高めのレートで誘ってきます(170%と誘って90%しか渡さないのです)。
 こちらはボーっとしてる振りをして、高いレートで誘ってくるのを待つのです。そして、いざというところでインチキを見破るわけです。足りない分を要求してきちんと揃っているかを再度確認してから、こちらの紙幣を渡すのです。これで高いレートでの両替が成功です。
 ただし、ここでムリは禁物です。 うらみをかうほどの高いレートで両替させると身の危険があるからです(実際に暴行を受けたアメリカ人を見ました。こういうときに強欲なのがアメリカ人です)。 向こうが素直に(駆け引きの)負けを認める程度のレートで握手するのです。
       (ヤミ両替は違法ですからおすすめしません)

 そうそう、外国人といえば、当時の中国では「開放都市」という制度があって、外国人が「開放都市」に指定された土地以外に行くには、(ビザとは別に)許可証が必要でした。
 それで、卑しい根性でパスポートにその「許可証」とやらのハンコを押してほしくて、地方都市(開放都市)の公安委員会に「(開放されていなさそうな)××に行きたいから許可証をくれ。」と行くわけです。
 それでもいつも「勝手に行け」とハンコを押してくれませんでした。
 実際に勝手に行っても良かったのかどうなのかは定かではありません。ハンコが欲しかっただけなので申請書に書いた土地に行くことはなかったと思います(知らずに「開放都市」以外に入り込んでいてもとがめられることもなく、気付きもしなかったというほうが正しいかもしれませんが。)。

 ただし、1ヶ所だけ例外がありました。
 暴動(市民運動)が起きて「開放都市」ではあったけれど入境制限されていた(国営中国旅行社のツアー(成都発で日本円10万円)でしか入境できないとされていた)チベット自治区ラサへ個人で行こうとして、ゴルムドで見つかり追い返されました。そういうシビアな問題のある所は「許可証」を厳しくチェックしていたのでしょう。
  (さすがにチベット人にはなり切れなかった。この経緯はおバカ過ぎて公開はできない。ゴルムドで一緒に追い返された人は、ネパール側からトライすると言ってたな。)

 と、まぁ、今も昔もバックパッカーは、帰国後に貧乏旅なり、功なりを自慢したくて、結局、時間を無駄にするだけなのでした。
                               以上、Makani-KANEでした

  皆様に感謝申し上げます。ありがとうございます。   Makani
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