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鉄血勤皇隊

沖縄戦の少年兵
 夏のハイシーズンが終わって、沖縄にも 修学旅行生が増えてきたようです。
 中学校の修学旅行でも 沖縄に行くところがあるようで、こだまの修学旅行列車でディズニーランドへ行ったわたしには、うらやましい限り (新幹線より飛行機の方が安かったりするから、必ずしも贅沢な話ではないのかな)。

 最近は、日本とアメリカが戦争をしたことすら知らないWAKA者 (ハワイ語読みすれば、ヴァカ者) も増えているということで、日本各地の戦争史跡を訪ねる修学旅行の意味合いも大きいでしょう。
 ただ、沖縄本島南部の戦跡を巡って話を聞いても、今の自分とはあまりにかけ離れていて ピンとこないかも知れませんね (日光の戦場ヶ原と 同じレベルの話と思っているかも?)。

 君達と同じ中学生が 少年兵として死んでいった 『鉄血勤皇隊』 の話をしましょう。

 この夏には 沖縄の 『鉄血勤皇隊』 を扱ったドラマが放送されていたようですね。
 『鉄血勤皇隊』 とは、沖縄戦に兵隊として動員された 14~17歳の学徒隊です。 つまり少年兵です。

 日本がアメリカと戦争をした太平洋戦争末期に、戦況の悪化、長期化により 兵士が不足しました。 そこで、大日本帝国・陸軍省は、全国で14歳以上の徴兵制を画策し 省令まで出しましたが、結局 それは実現しませんでした (省令も撤回)。
 そこで考え出されたのが、『鉄血勤皇隊』 です。

 徴兵は、法律に基づいて 「強制」的に 兵隊にされますが、『鉄血勤皇隊』 は、形式上は 「志願」 とされ、希望者のみが、親権者の承諾をもらって入隊するというものでした。
 『鉄血勤皇隊』は、徴兵ではなく、志願兵 (義勇兵) だったのです。

 しかし、それまでの皇民教育、軍国教育によって、中学生だった少年達は、天皇陛下のため、お国のために 「志願」 するのが当たり前と 考えるようになっていました。
 また、(君達がアムロ・レイや綾波レイに憧れるがごとく) 憧れの兵隊さんになれるならと 「志願」 する子も多かったようです。
 他方、内心では嫌だと思っていても、「志願」 しなければ、家族全員が非国民、果てはスパイ扱いされますから、実質は、徴兵と同じく 「強制」 でした。

 親権者の承諾も、たびたび偽造されました。
 (その一方、一部の学校では、教員達が銃殺刑になるのを覚悟で、こども達に志願票を出させなかったという。 君の学校に こんな先生はいるでしょうか)

 こうして 『鉄血勤皇隊』 に入隊した少年達ですが、1ヶ月も経たない内に 「憧れの兵隊さん」 の実態を知ることになります。 そこには、幼い頃から聞かされてきた 神州無敵の皇軍たる帝国陸軍の姿は ありませんでした。
 住民のところへ行って 「食料を供出せよ。 さもなくば銃殺する。」 などの伝令に使われたりしたようです (これを根拠に 日本軍が直接にしたことではなかった などの詭弁をろうする者もいます。 しかし、命令の源は 日本軍であり、なにより 『鉄血勤皇隊』 も日本軍兵士です)。

     参考: 「日本軍の指揮命令は 『空気』 によって行われた

 そして、『鉄血勤皇隊』 の半数近くが 戦死しました。
 手りゅう弾を持って穴に隠れ 戦車がきたら自爆する、爆弾をもって戦車に体当たりする などの肉弾作戦によって 死んでいったのです。

 なお、牛島満司令官は、自決直前に、この 『鉄血勤皇隊』 に対しても、遊撃戦で最後まで戦闘を続けるよう命令し、犠牲者を増やしました。
 それは、ただ大本営の命令に従ったのみかも知れませんが、この命令によって、司令官自決後にも 多くの沖縄住民の命が犠牲となったことは紛れもない事実です (なお、たとえ牛島司令官が どんなにすばらしい人格者であったとしても、この事実を覆すことはできません)。

 そして、戦後になって、日本政府が 『鉄血勤皇隊』、つまり 「少年兵」 の存在を公式に認めたのは、(終戦から10年以上経った) 昭和30年代に入ってからでした。

 『鉄血勤皇隊』 の慰霊碑として、那覇市首里にある 「一中健児の塔」 や、糸満市摩文仁の 「師範健児の塔」 などがあります。

【補足】
 少年兵は、『鉄血勤皇隊』 以前から存在していたとの指摘をいただいたので補足します。
 たしかに (志願による)少年兵制度は、1930年代のわが国には存在していました。
 しかし、それはたとえば 「少年飛行兵」のように 技術の修得が必要な事項について早期の教育を受けさせるためのものであって、『鉄血勤皇隊』 のように歩兵などとして戦場の最前線に動員することを目的とするものではありませんでした。
 また、名実ともに志願制であった点も 『鉄血勤皇隊』 とは異なります。


 以前、太平洋戦争末期の大日本帝国は、「テロ国家であった」 と書きましたが、少年兵の自爆攻撃や、赤ちゃんを使ったブービートラップなど、数々のテロ国家が 「お手本」 とするほどの みごとな 『テロ国家』 でした。
 兵隊が (軍服を着替えて) 民間人の服を着てゲリラ攻撃したために、(兵隊と区別がつかないので) 沖縄住民も 全てアメリカ軍の攻撃対象となりました。 大日本帝国は みごとな 『ゲリラ国家』 でもありました。
   赤ちゃんが泣いているので近づくと、爆弾が破裂する (もちろん赤ちゃんもろともです)

 こうした事実を指摘すると 「自虐史観」 だの、「自分の国を辱めている」 だのという人もいます。
 しかし、現実に数々の恥ずかしいことをしてきたのは 真実ですから、それを認めて、二度とそのような恥ずかしい国家には戻らないと誓うのが、『武士道の国』 として 正しい態度だと思います。
 中国や朝鮮、その他近隣諸国に対しても、証拠に基づいて事実として認められるものは、(過ちは過ちとして) 謙虚に受け入れ、その責任を 真摯に受け止めるべきです (謝罪や賠償は ここでは触れない)。
 ましてや、厳然たる事実として確定されていることまでも、「他の列強もやっていたのだから」 (田母神) との理由で 責任から逃げるなぞは、『武士道の国』 においては、その方がよほど自分の国を辱める 「自虐史観」 です。

       NHK 「戦争証言アーカイブ」
              http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/ 

お得に沖縄旅行

 10月の沖縄は、海に入れますかとの質問。
 10月上旬までは、本土の夏と同じ感覚でいいと思います。 とくに晴れていれば、まったく問題なし。

 しかし、10月中旬以降は、陽が陰って北風が吹いてきたりすると、小学校の頃、梅雨空に先陣を切って 「全校で一番最初のプールの授業」 があったときくらいの気合いが 必要かも知れません (最近は、クラスが少ないから 梅雨時にプールの授業はないかな)。
 水から上がったら ヒーヒー言ってバスタオルにくるまる感じ。 それでも、陽が出てくれば 気持ちいい~って感じ。

 ホテルの屋外プールも 10月いっぱいはオープンしていますが、10月中旬以降は、入っている人はまばらです。

 Blue Seal (ブルーシール) のアイスクリームは、とてもおいしいですよ。
 でも土産用は ラクトアイスといって 店頭のアイスクリームとは別物なので注意。 沖縄の空の下とは味が違う というわけではありません。

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