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沖縄は「捨て石」にされた

ヤギ汁あしてびち
 沖縄へ修学旅行に行く生徒さんからも、感想をもらったりするようになりました。
 わたしは、まずはとにかく 沖縄を楽しんで 沖縄を好きになってもらいたい。
 というのも、好きになれば 関心を持つこともできると考えるので、嫌だなぁと思いながら戦跡を巡るよりは、自由行動では 楽しいところに行って 沖縄を好きになって欲しいと思います。

 しかし、「修学旅行」 と名前が付いている以上、楽しいだけでは 学校は許してくれないみたいですね。
 そこで、せっかく戦跡を巡るなら、沖縄に出掛ける前に少しでも知識を持ってもらって、現地で見聞きすることの理解を深められればいいなぁと思います。

 『沖縄は 「捨て石」にされた』 となぜ言われるのかを考えてみましょう。

 太平洋戦争末期に 大本営が作成した 『帝国陸海軍作戦計画大綱』 には、「日本本土を確保するため」 にアメリカ軍を消耗させて、本土上陸への戦意を喪失させるのが、「沖縄戦を戦う目的」 であるとあります。
 そして、これを具体化した司令官の命令は、「敵兵力を牽制、抑留し、アメリカ兵の出血を強要すること」 でした。

 つまり、日本帝国軍は、沖縄戦で アメリカ軍に勝とうなどとは、微塵も考えていませんでした。
 沖縄を占領されることは 覚悟しているが、アメリカ兵にかすり傷でもいいから負わせて、持久戦によって 1分1秒でも時間を稼いで、「日本本土を確保するため」 にアメリカ軍を 沖縄に釘付けにしておくことが作戦とされました。

 そのため、沖縄守備軍の任務は、沖縄を守ることが目的ではなく、まして沖縄県民の生命を守ることが目的ではなく、本土決戦に備えるための時間稼ぎすることが、大本営から下された命令でした。

 そこでは、余力を残しての降伏など許されません。
 顔の形が変わっても、背骨を折られても、相手にくらいついて離すなよってなものです。 実際に、沖縄は 地形が変わるほどの攻撃にさらされ、牛島司令官の自決で 組織的抵抗の終了した後においても、軍人も民間人もなく (「軍官民共生共死の一体化」) 日本人ならば戦死することを選べと命令されました。 もう一度言いますが、民間人も含めてです。
 そして、女こどもは自決せよと。

     参考: 「日本軍の指揮命令は 『空気』 によって行われた

 このことから、『沖縄は 「捨て石」にされた』 と言われるのです。

 ただ、「捨て石」 にされたのは、沖縄だけでなく、沖縄で戦った沖縄守備軍・第32軍もまた 「捨て石」 だったのです。
 『帝国陸海軍作戦計画大綱』 に基づき、沖縄守備軍は、「全滅すること」 が使命だが、全滅の日をできるだけ先延ばしせよ と命令されていたわけです。
 それが、大本営の作戦だったのです。

 これに加えるところの 「戦艦大和の特攻」 を待つまでもなく、日本軍の作戦は、『一億総特攻』 の一語に尽きました。
 沖縄守備軍もまた、特攻隊ならぬ、『特攻軍』 だったわけです。 まさに外道の極みです。
 そのことは、中核となる精鋭師団は、アメリカ軍来襲の前に台湾に移動させられ、沖縄守備軍の戦力は 3分の2に縮小されたことからも分かります。 武器・弾薬の補給もありませんでした。 5月頭の嘉数の戦いの頃には、砲弾は尽きていたといいます。 残りの数ヶ月は、ゲリラ的な肉弾攻撃のみでした。 肉弾攻撃とは、人間が弾の代り ということです。
 沖縄では 駐留した軍隊までも 「捨て石」 にされたのです。

 「自分たちは、勝つために戦っているんじゃない。 全滅するその日を迎えるために戦うのみ」 という沖縄守備軍。
 自分たちの命が粗末に扱われているのに、他人の、しかも、差別意識のあった沖縄人の命を 大切に思うはずもないでしょう。

 『鉄血勤皇隊』 で書いた様に、少年兵にも 自爆攻撃を強制したのです。 赤ちゃんをブービートラップに使い、多くの住民を虐殺しました。
 (そうした中で、沖縄住民の保護に尽力した将校、兵士がいたことも事実であり、そうした人達の人間力には頭が下がる)

 それでは、こんな日本軍が、アメリカ軍に勝てると思いますか。
 アメリカ軍の兵士は、「たとえ撃墜されて捕虜になろうとも、友軍が必ず救出にきてくれる」 と信じて戦っていた。 「たとえ戦死しても 必ず故郷に連れ帰ってくれる」 と信じて戦っていた。

 かたや、日本兵は、「捕虜になったなら、友軍が失地回復して来た時には、スパイとして銃殺刑になる」 と信じていた (だから捕虜になる前に自決した)。
 さらに 「全滅すること」 が作戦命令の師団で、「死ぬことこそ本望」 と特攻出撃していった。
 そして、遺骨は 故郷から遠く離れた戦場の地に、今も埋もれたままです。
 日本兵の体は、鉄砲玉の代替品でしかなかったのでしょうか。

 日本帝国陸海軍は 「武士道」 を大きく誤解していました。 「死ぬことと見つけたり」 とは、「死ぬことこそ本望」 などという意味では決してない。
 こんな 「肉弾」 が主要装備の軍隊を 何度作ったって、「キ○ガイ集団として」 恐れられることはあっても、畏怖されることは 永遠にないでしょう。
 そんな軍隊を持つ国家のどこに 誇りが持てるだろうか。
 そして、何十万体もの日本人の遺骨が 今も戦地に埋もれたままというのは、今の政府も 根本は何も変わっていないということです。

 特攻 (航空特攻隊だけではない) にて亡くなられた英霊に報いる道は、二度と特攻をやらないこと。
 彼らの尊さを、特攻をやらせた 「国家が尊かった」 とすり替えれば、再び特攻を繰り返すことになる。

 「敗れて目覚める。 今、目覚めずしていつ救われるか。」 (『戦艦大和ノ最期』 より)
 我々は、目を覚ますことができなかったのだろうか。 英霊に申し訳ない。

沖縄修学旅行情報

 あまり沖縄料理を食べなかったなぁとか、家族にも沖縄料理を食べさせたいなぁとか思ったら、コンビニにも 沖縄料理が売られていますよ。
 ファミリーマートなどに 「にんじんシリシリ」 とか 「くーぶイリチー」 などの沖縄料理の惣菜があります (もちろん沖縄限定)。
 帰る日なら、土産にしてもいいのではないでしょうか。

 コンビニといえば、「あしてびち」 のおでんも食べてみて。 おにぎりなどにも 「ポーク卵おにぎり」 など 沖縄限定がいっぱい。

 スーパーでは、「ヤギ汁」 や 「イカスミ汁」 のレトルトパックもあります。 レトルトなら常温保存で大丈夫。 コンビニにも置いてあるかも。
 あと珍しい沖縄土産といえば何かなぁ。 ペナントとかミニ提灯とか。 木刀は・・・京都か。
ゆんたく ふぃんたく
 これまでに何度も書いているように、読谷村が好きです。 一部の人には有名な 「ホテルシモン」 も、あの建物だろうとすぐに分かったくらいには、読谷村に通っている。

 沖縄戦で アメリカ軍が最初に上陸したのが、この読谷村でした。
 アメリカ軍は、日本陸軍の北飛行場(読谷村) と中飛行場(嘉手納町) の占領を目的に 読谷村を上陸地点に選んだのです。
 しかし、上陸作戦を敢行したアメリカ軍は、拍子抜けを食らいます。 そこに日本軍の姿はなく、鉄砲の弾の一つも飛んでこないまま 沖縄に上陸完了してしまったのです。
 日本軍は、これら重要な飛行場を 無抵抗で明け渡したのでした。 これもまた 沖縄守備軍の任務が何であったか を物語っているのではないでしょうか。

 ただ、そんな中でも、日本国による軍国教育、宣伝を信じての集団自決が、読谷村でも チビチリガマなどで起きており、多くの住民が亡くなっています。

 「サンニン (シェルジンジャー)」と 「ティリーフ」 (グリーンとレッド) の鉢が増えすぎてしまって 全部をサンルームに退避することができないので、知り合いの皆様(限定) に引き取っていただきたい~。

 先ほど日銀の為替介入がありましたね。 今回は本気度高し?
 昼現在、79.19あたりに大量のBIDで動かない。 安住会見の 「納得いくまで」は、「79.19 (なっとくいく)」 だという冗談も。
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