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神道と天皇

 神道は 宗教ではないといわれる。
明確な教義も教典(経典) もないからである (国体神道の話は置いておく)。

 一神教であるイスラム教やキリスト教といった、典型的な宗教が発生した背景には、まったく相容れない多民族が境を接していて、絶えず戦争などで 「社会の完全な崩壊」が幾度と繰り返されてきた歴史がある。
 そうした混乱状態の中にあって、秩序を求めた努力が一神教を生み出した。

 一神教の教義や教典(経典) もごく単純化してみれば、多民族が共同生活するためのルールであって、という絶対者は、ルールを守っているかどうかをいつも監視しているからなというメッセージを発信する存在として位置づけられる。

 日本という国もまた、DNA解析からも明らかなように、さまざまな集団が日本列島に入ってきて出来上がっている。
 にもかかわらず、稀有なことに 社会が完全崩壊するほどの混乱状態を一度も経験しなかった。
 天つ神(渡来人) が支配層となったものの、緩やかな統治の中で、徐々に混血が進んだ。 異文化を穏やかに受け入れ、また認め合って いつの間にか融合していった (国家の正統性を語るために作られた 『日本書紀』に、正統と対立するはずの他文化の異伝まで併記することにも それが現れている)。
 また日本では こうした人間同士の調和だけでなく、人間と自然との調和もすばらしくうまくいった。
 厳しくも豊かでやさしさも持った自然環境であったからだろう。 これが砂漠で水を手に入れるのも困難な自然環境であったなら、人間同士の関係もまた違っていたはず。
 こうした世界的には珍しい環境では、厳しい共通ルールも その監視者も必要なかったから、一神教が生まれる素地に欠けていたわけだ。

 豊かな国土に恵まれ、古代自然宗教の流れからくる 樹にも石にも神様がいるという多神教的な信仰が、ずっと21世紀の今日まで続いてきた。
 神道には 明確な教義も教典(経典) もない。 ただ調和しましょうという緩やかな教えだけである。
 それは、神様は それぞれの人の心の中に それぞれにあるものであったから (だから、自分の心の中のと 相手のが違っていても、相手を滅ぼさなければという動機も生まれなかった)。

 そして、神武天皇が、民を 「おおみたから」(大御宝) と詠まれたように、また仁徳天皇の 「天のかまど」 の逸話のように、天皇もまた民と共にあって、一神教の神のような (はるか天空から見下ろす)絶対者ではなかった。

 京都御所の築地塀は、簡単に乗り越えられる高さしかない。 そびえ立つ石造りの壁や石垣も深い堀も必要がなかった。
 これが、天皇が 民と共におわしました何よりの証拠。


 しかし、明治維新に於いて、天皇一神教におけるのような存在に仕立て上げて、統治、政治に利用しようとした結果が、太平洋戦争における敗戦と属国化という 有史以来の屈辱を日本にもたらした。 (なお、日露戦争にしても 英国が勝利したのであって、日本は道具にすぎなかった。)

 天皇を蔑ろにする明治維新に連なる統治者は、一神教の教義・教典に似せて、政府が定めた政府に都合のいい 「共同生活のためのルール」をつくり、国民に遵守させるための「監視人」 として天皇を利用した。
 政府の作る法律は、(一神教の)からの 「預言」 になった。 ときには 「陛下の大御心」 という天啓すら舞い降りた。
 もちろん政府に都合のいいように仕組まれた 虚構の産物である。

 これは日本人の発想ではなく、一神教を信じる者の発想であり、発案である。

 日本人でない者の発想によって、天皇を統治の道具としてしまった瞬間が、明治維新である。
 「日本国憲法は押し付け憲法だ」 などと騒いでいる場合ではない。 明治維新こそが、日本を日本でなくしたのである。

 江戸時代以前には、天皇は 御簾の向こうにおわして国民の前にお姿を現されなくても、「常に国民と共にある」 というメッセージをあまねく国民が共有していた。
 皇居に向かって頭を垂れよと法律で強制しなくとも、いつも天皇は 国民の心の中に居られた。

 古来日本では、神様はそれぞれの人の心の中にあるものであり、天皇もまたそれぞれの国民の心の中に居られた。

 ところが、明治維新と、明治維新に連なる統治者によって、一神教におけるのような「絶対的存在」 に祭り上げられたことで、天皇は 国民とは対極にある存在とされた。
 (同時に神社本庁も 一神教もどき (国体神道)となった。 教義も教典もない故にどうにでも揺らぐ)

 国民は、違和感を覚えながら、法律で強制されて 御真影に向かって頭を垂れ手を合わせた。
 その違和感は、明治維新によって、天皇が国民の心の中におられなくなっていたからであろう。

 明治維新こそが、日本を 「JAPAN」 にしたのである。

 さらに、明治維新によって天皇を蔑ろにした者たちは、「おおみたから」 であった国民を 『肉弾』 とした (日本軍に日本兵なんていなかった。 日本製『肉弾』 があったのみ)。
 戦後10年以上も 少年兵の存在を否定し続けた。
 原発事故が起きたとたんに、こどもの被爆許容量を 世界基準の20倍に引き上げた。

 日本の民を人とも思っていない仕打ちに、「JAPAN」 を統治しているのは ほんとうに日本人なのかとの疑念もわく。


 しかし、希望もある。
 今、日本は変わろうとしている。
 わたしは、大震災の被災者とひざを落としてお話になる天皇陛下のお姿や、皇后美智子さまのいつも国民と共にあろうとされるご配慮に、日本古来の天皇の形をみる。
 明治維新で入ってきた 「近代西洋キリスト教的思想」 への懐疑も芽生えている。

 民なくして国家は成り立たないことを知るべし。

 日本は、一神教の国ではない。
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★ From Makani

>メールさん
ありがとうございます。
メール返信はしていないのでこちらにて失礼します。


日本国のため、日本国民のために亡くなった兵士に対し
追悼の意を深くするものです。

そのうえで
彼らは、犠牲になった被害者だと申しているのです。
「肉弾」として扱った政府を非難するための表現です。

では、こちらはどうでしょう
「アメリカ軍は、大空襲において人々を虫けらのように焼き殺した」
という文章は、犠牲になった人々を侮辱しているでしょうか。

犠牲者を虫けらだと言っている訳ではないですよね。
虫けらように扱ったアメリカ軍を非難しているのです。

これでも理解できないなら、
わたしの能力では説明できないので
国語の先生にでも聞いてください。

2012.08.15.Wed / 14:29 / [ 訂正 ] / PAGE TOP△
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